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名古屋高等裁判所 昭和58年(行コ)1号 判決

控訴人 田島大二郎

被控訴人 国 ほか一名

代理人 服部勝彦 木村三春

主文

一  本件控訴はいずれも棄却する。

二  控訴人の被控訴人吉野荘英に対する当審新請求としての損害賠償請求を棄却し、その余の新請求をいずれも却下する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

第一不起訴処分の理由を知る権利の確認請求について

一  控訴人は、昭和五五年八月一五日神戸地方裁判所豊岡支部裁判官を公務員職権濫用の被疑事実で告訴したところ、昭和五七年四月二二日付で被控訴人吉野より、右告訴にかかる被疑事件について不起訴処分にした旨、及びその理由は嫌疑不十分である旨を記載した通知書の送付を受けた。しかし、「嫌疑不十分」では簡単すぎて不起訴理由を了解することができない。告訴人としては、(A)嫌疑不十分とする理由、その依つてきたる原因、すじみちを知る権利があり、(B)更に「嫌疑不十分」の告知を受けた後でも、嫌疑不十分とする原因の詳細、捜査過程の告知と確認を得ることが許される権利が保障されている。しかるに、被控訴人吉野は、控訴人に右(A)(B)の権利のあることを争うのでそれら権利が存在することの確認を求めるというものである。

二  よつて判断するに、刑事訴訟法二六一条によると、検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかにその理由を告げなければならない旨規定されている。

ところで、同法二四七条によると、公訴は検察官がこれを行なう旨定められ、同法二四八条では、公訴を提起するか否かは、検察官の自由裁量に委ねる旨を明らかにしている。そして、検察審査会法三〇条によると、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、検察審査会にその処分の当否の審査申立をすることができるとされており、また刑事訴訟法二六二条に掲げる罪については、地方裁判所に対し付審判の請求をすることもできるのであつて、右検察官の権限、検察審査会の構成と権限、付審判請求の手続、構造等制度の趣旨に照らせば、不起訴処分についての不服申立は、現行法上他の国家機関の専権事項とされ、或いは特別の司法救済手続によらしめているのであるから、司法審査の対象とはならないというべきである。従つて、検察官のなした不起訴処分の当否の審査を直接の目的として民事訴訟ないし行政訴訟を提起することは許されていない(最判昭二七・一二・二四民集六・一一・一二一四頁)。

そして、不起訴理由を知ることは、不起訴処分に対する不服申立との関連で必要なことであるから、請求があればこれを告知すべきものとしたのであつて、右理由告知手続は不起訴処分の附随的手続とみられるのである。従つて、基本となる不起訴処分自体の当否については、前記の如く司法審査の対象にならないと解される以上、同附随的手続たる理由告知に関し独立に不服申立を許し、司法審査の対象とすべき理由はないと解するのが相当である。

三  すると、控訴人の被控訴人吉野に対する本件不起訴処分の理由を知る権利の確認請求は、司法審査の対象とならない事項に関する請求というべく、国家機関としての検察官、又は検察官の地位にある個人、或いは自然人としての個人の何れとしても、不適法な訴といわざるを得ない。控訴人の主張は理由がない。

第二損害賠償請求について

一  控訴人は、検察官から「嫌疑不十分」というだけの不起訴処分の理由告知により精神的苦痛を蒙つた、よつて慰藉料として三五万円の支払を求めるという。

二  よつて判断するに、控訴人の昭和五五年八月一五日付告訴について、検察官吉野荘英が昭和五七年四月二二日付で不起訴処分をなしたこと、そして不起訴処分理由書には理由として「嫌疑不十分」とのみ記載されていることは、控訴人と被控訴人国との間で争いがない。

ところで、刑事訴訟法二六一条が検察官に不起訴理由を告知すべきものとしているのは、告訴人、告発人又は請求人が、検察審査会に対する審査の申立又は裁判所に対する付審判の請求の要否を検討することを容易ならしめるとともに、間接的に、検察官の裁量権の行使を適正ならしめるがためであると解されるところ、制度の目的に照らせば、最少限度、不起訴処分の直接の理由、即ち、時効完成、罪とならず、嫌疑なし、嫌疑不十分、起訴猶予等の裁定主文に相当する程度の理由を告知すれば足りると解するのが相当である。

控訴人は、嫌疑不十分とする理由、その依つてきたる原因、すじみちを告知すべきである、更には捜査過程まで説明すべきであるというが、嫌疑不十分の理由を詳細に告知しないからといつて、それが違法であるということはできないから、控訴人の被控訴人国に対する損害賠償請求は理由がない。

三  控訴人は、更に津地方検察庁検察官検事としての被控訴人吉野に対して損害賠償を請求するが、公務員たる検事の違法な行為による損害賠償については、国家賠償法によるべく、同法の規定の趣旨並びに法意、国家の賠償能力等を考慮すると、公権力の行使に当る公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団外が賠償の責に任ずべきものであり、職務の執行に当つた公務員は、行政機関としての地位においてはもとより、公務員個人又は自然人個人としても賠償の責を負うものではないと解するのが相当である。従つて、公務員たる検事の職務行為に基づく損害について、公務員個人、又は自然人個人としての被控訴人吉野に対して賠償を求める訴は、その請求原因に照らし被告適格を有しない者に対する訴というべく、不適法な訴といわねばならない。

控訴人はまた、本件について民法七〇九条の責任がある旨主張するが、控訴人主張の事実関係のもとでは、被控訴人吉野の本件行為を、職務を離れた私人の行為とみることもできず、先に被控訴人国に対する請求について判断したと同様本件理由告知の方法、程度をもつて、何ら違法とはいえない。従つて、被控訴人吉野に対する民法上の損害賠償を求める当審新請求は理由がない。

第三控訴人は、別紙(一)記載の如く、控訴の趣旨として、原判決の取消と原審で申立てた請求の趣旨と同旨の判決を求めるとするほか、原審裁判官及び当審裁判官に対し、別紙(一)記載の各事項についての明示ないしは確認を求めているが、控訴人が原審及び控訴審裁判官に対し、原審の判断又は原判決の字句の解釈について、明示又は確認を求め、これを控訴審における控訴の趣旨として申立てることは、制度上認められていないからこれらの請求は不適法であり、却下すべきものである。

第四以上によると、控訴人の国家機関或いは個人としての被控訴人吉野に対する不起訴処分の理由を知る権利の確認を求める訴並びに損害賠償を求める訴をいずれも却下し、被控訴人国に対する損害賠償を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、被控訴人吉野に対する民法上の損害賠償を求める当審新請求を理由なきものとして棄却し、その余の当審における新請求を不適法として却下することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

別紙(一)ないし(三) <略>

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